
3-1. ターゲティングは、自分の旗を立てることから始まる
ターゲティングと聞いて、何を想像しますか
第3章は、サブタイトルにあるとおり、「自分の旗を立て、届ける相手を絞る」がテーマです。
「Targeting」と聞いた時、多くの方は「読者像を絞る」「ペルソナを描く」「年齢・性別・職業を決める」あたりを想像すると思います。
それは間違っていません。
ただ、Kindle作家にとっては、その前にもう1つ大事な作業があると、私は考えています。
「自分の旗を立てる」という作業です。
ここでいう旗とは、「私は何を信じていて、誰に、どんな変化を届けたいのか」が、読者から見える状態のことです。
肩書きだけではありません。
ジャンル名だけでもありません。
読者がその人の本棚を見た時に、「この人は、こういう人のために本を書いているんだ」と感じられること。
それが、私の言う「旗」です。

月50万円を目指すなら、何者かになる必要がある
「大量に出せば伸びる」という考え方があります。
1冊出して伸びなければ、もう1冊。
それでもダメなら、もう1冊。
でも、少なくとも私の観測範囲では、その発想だけで月50万円のラインに届いている方は、ほとんど見かけません。
月10〜25万円のラインまでは、1冊1冊の精度を上げる発想でも、見えてくることがあります。
前作のBrainで扱ったのは、まさにその領域です。
テーマ選定を丁寧にして、AIライティングの作り込みを磨いて、KDP申請を誠実にやって、出版後のPRをきちんと回す。
この土台を積み上げれば、まずは1冊ずつ読まれる本を作る力が育っていきます。
ただ、その先、月50万円のラインに進む段階では、1冊単位の精度だけでは足りなくなってくる印象です。
ここで届いている方を見ていると、共通点があります。
「何者かになっている」ということ。
何の専門家で、何を発信していて、どんな読者に支持されているか、輪郭がはっきりしている。
もちろん、旗が立つ前から本を出している方も、たくさんいます。
私自身も、最初の数冊は「何者かになる」を強く意識する前に書きました。
ただ、月50万円のラインに進む段階で、旗の有無が分かれ目になってくる。
これが私の体感です。

旗を立てない人が埋もれるのは、Kindle市場の構造です
これは精神論ではありません。
市場の構造から、こうなっていると考えています。
1つ目は、著者名検索の動線です。
1冊が読まれた読者は、「この著者の他の本も読みたい」と思った時、著者名でAmazonを検索します。
著者の旗が立っていれば、そこから他の本へ自然に回遊します。
旗が立っていないと、ここで動線が切れます。
2つ目は、シリーズ回遊です。
複数冊を出しても、それぞれの本がバラバラのテーマで、バラバラの読者を狙っていると、本棚全体としての印象が薄くなります。
1冊読んだ読者が「他の本も自分に関係あるかも」と感じる確率が下がる。
3つ目は、本棚全体への印象形成です。
第2章2-3節で「ブランドを作る本」の話をしました。
この群は、著者の旗が立っていないと、書きにくくなります。
「私は何者で、何を信じていて、どんな読者に届けたいか」が言語化されていない状態で、思想や体験の本を書こうとしても、内容が薄くなりやすいと感じています。
この3つの構造が重なって、旗を立てない著者は、月50万円のラインの手前で頭打ちになりやすい印象です。
逆に、旗を立てている著者は、この3つの構造を、味方につけやすくなります。
だから、月50万円を目指すなら、まず自分の旗を立てる作業から始めるのが、私のおすすめです。

第3章は、前半で旗を立て、後半で読者マスを設計する
第3章は、大きく3つの流れで進めます。
前半(3-2〜3-3)は、自分の旗を立てる作業です。
原体験を掘り出して、自分のビジョン・ミッション・バリューを書き出し、自分の体験から生まれたパーパスを見つける。
後半(3-4〜3-6)は、その旗から、読者ターゲットを本ごとに設計する作業です。
本編独自の3段階のフレーム、「面」「軸」「マス」を使って、本棚全体の読者マップを描いていきます。
ここが、この章のいちばんの価値です。
そして締めくくり(3-7)で、決めた旗・面・軸・マスを1枚の「商品企画ブリーフ」にまとめて、候補テーマがどの読者マスに刺さるかをAIと議論できる状態にする方法を扱います。
ここでいうマスとは、マス市場のマスではありません。
横軸と縦軸を引いたときにできる、表の中の1つのマス目のことです。
つまり、『特定の現在地にいて、特定の変化を求めている読者群』を指します。
この設計、順番が大事だと、私は考えています。
旗が立っていない状態で、読者ターゲットを絞ろうとしても、形だけのペルソナ設計になりやすい。
「30代女性、会社員、子育て中」と書いただけのペルソナ。
そこに自分の旗が乗っていないと、その読者像に届く本は、書きにくくなります。
まず、旗を立てる作業から始めます
次の節(3-2)から、原体験を掘る作業に入ります。
ここは、テンプレで埋める作業ではありません。
自分の人生を振り返って、何度も同じテーマを話してしまう自分、何かに憤りを感じる自分、過去に救いたかった昔の自分。
こうしたものを言葉にしていく作業です。
私自身がどう旗を立てたかを、3-2と3-3で開示します。
それを参考にしながら、ご自身の旗を、自分の言葉で書き出してみてください。
ターゲティングの本論は、その作業が終わった後に始まります。

3-2. 原体験から、VMVを掘り出す
ビジョン・ミッション・バリューを、自分の言葉で持つ
ビジネスの世界に「ビジョン・ミッション・バリュー」という考え方があります。
略してVMV。
- ビジョン:自分が作りたい未来
- ミッション:そのために自分がやること
- バリュー:自分が大切にするやり方
ぱっと聞くと、大企業っぽい言葉です。
でも、Kindle作家のような個人にも、かなり使えるフレームだと、私は感じています。
なぜなら、3-1で書いた「旗」とは、結局のところVMVを言語化したものに近いから。
自分が何を信じていて、誰に何を届けたいかが、言葉として手元にあるかどうか。
それが、旗が立っている状態とほぼ重なります。

テンプレで埋めるVMVは、本に染みません
ただ、VMVには落とし穴があると、私は考えています。
Webで「VMV テンプレート」と検索すると、穴埋めシートが出てきます。
「ビジョン:( )な世界を作る」「ミッション:( )を提供する」「バリュー:( )、( )、( )」のような形式。
そこを埋めるだけで、それっぽいVMVは書けます。
でも、そうやって書いたVMVは役に立たないと感じています。
理由はシンプルで、テンプレに穴埋めしたVMVは、自分の原体験とつながっていないからです。
本に染み出すのは、原体験から掘り出した「自分の言葉」だと、私は思っています。
借り物の言葉で書いたVMVを軸にして本を書いても、読者の心には残りにくい。
だから、Kindle作家のVMVは、テンプレに穴埋めする発想ではなく、自分の原体験から掘り出す発想で書くのが、私のおすすめです。

原体験を掘る、6つのアプローチ
では、どうやって原体験を掘るか。
6つのアプローチをお伝えします。
どれか1つでも刺さるものがあれば、そこから書き出してみてください。
アプローチ1:ライフラインチャート
人生の重要な出来事を時系列で並べ、その時の感情の上下を曲線で書く自己分析の手法です。
横軸に年齢、縦軸に感情の高低(プラスマイナス)を取って、自分の人生を1本の曲線で描きます。
カーブが大きく下がった瞬間、大きく上がった瞬間。
そこに、自分の原体験のヒントがあります。
アプローチ2:過去の怒り
自分が憤りを感じた構造は、何でしたか。
社会の理不尽、業界の構造、組織の問題、家族や教育の偏り。
具体的な誰かではなく、「こういう構造に憤りを感じる」という対象を書き出します。
人が怒る場所は、その人にとって「あるべき姿と違う」と感じている場所。
そこに、自分が届けたいものの輪郭が見えてきます。
アプローチ3:救いたかった昔の自分
過去の自分の中で、「あの時の自分に、こんな本があれば救われた」と思う瞬間は、いつ頃ですか。
その瞬間の自分の状況、悩み、感情を書き出します。
その昔の自分こそが、いま本を届けたい読者像の1つです。
アプローチ4:人生が変わった瞬間
自分の人生で、世界の見え方が大きく変わった瞬間は、ありますか。
何かを得た瞬間、失った瞬間、誰かに出会った瞬間、ある事実に気づいた瞬間。
その時の感情と、それ以前と以後の自分の差を書き出します。
その差に、自分が読者に届けたい変化のヒントがあります。
アプローチ5:なぜか何度も話してしまうテーマ
飲み会、雑談、SNS、誰かとの会話。
気づくと、何度も同じテーマに戻っている自分はいませんか。
そのテーマは、自分の中で消化しきれていないか、伝えたいことが詰まっているテーマです。
アプローチ6:人に聞かれると熱が入るテーマ
質問されると、止まらなくなるテーマがありますか。
普段は静かなのに、そのテーマを聞かれると、30分でも1時間でも話せる。
そこに、自分の情熱の源泉と、誰かに伝えたい知識が交差している場所があります。
この6つのうち、どれか1つでも書き出せると、自分の原体験の輪郭が見えてきます。
全部を埋める必要はありません。
1つ深く掘れれば、それで十分だと、私は感じています。

私のVMVを、書いてみました
私自身が、原体験からどんなVMVを掘り出したかを開きます。
少しだけ、過去の話をさせてください。
私は本気で会社員をやっていた頃、ずっと怖かったんです。
周りからどう見られているか、上司にどう評価されているか、それだけを気にして生きていた。
「成果を出し続けないと終わる」「止まったら負け」「もう立ち上がれない」。
そんな気持ちで、ずっと走り続けて、息切れしながら、何なら溺れそうになりながら、日々を過ごしていました。
一番怖かったのは、「会社に依存している自分」、その状態そのもの。
もしここを失ったら、終わり、と思っていたから。
そんな時に、Kindle出版という副業に出会って。
初めて印税が、自分の口座に振り込まれた時。
「あ、会社の外でも、生きていけるんだ」。
そう思えた瞬間、世界の見え方が、本当に変わったんです。
同じ会社、同じ仕事なのに、「ここしかない場所」から「自分で選んでいる場所」に変わった。
上司の小言も、理不尽な指示も、以前ほど怖くなくなった。
なぜかというと、別の道があるから。
この体験から、私のVMVが生まれました。
ビジョン:私と接点を持った人が、「選択肢」と「安心」を手にしている世界。
ミッション:「いつでも労働を辞められる」という余白を持った大人を、ちょっとずつ増やしていくこと。
バリュー:労働収入に依存しないストック型の仕組みを、私の言葉で、なるべく分かりやすく、誰でも真似できる形で届けること。
書き出してみると、自分がどこへ向かいたいのかが、かなり明確になりました。
でも、これは「決意表明」として書いただけではありません。

VMVは決意表明ではなく、現在地のメモ
私が書き出したVMVは、立派な看板を掲げ続けるためのものではなく、「自分、こんなこと考えながらやってたな」と思い出すための装置です。
正直なところ、これを書いた翌日には何となく忘れて、お酒を飲みながら娘の寝顔を眺めていたりもします。
それでいいと、私は考えています。
VMVは決意表明ではなく、「現在地のメモ」。
立ち返れる「北極星」として持っておくもの。
完璧なVMVを一発で書こうとせず、今の自分が考えていることを、現在地のメモとして書き出してみてください。
時間が経って、変わってもいい。
アップデートしていけばいい。
大事なのは、立ち戻る場所があること。
それだけだと、私は思っています。

次の節では、私の旗が「スマートFIRE」になった理由を開きます
ここまでで、VMVの掘り方と、私のVMVの実例を開いてきました。
次の節(3-3)では、その奥にある「自分の原体験から生まれたパーパス」の話をします。
私の場合、それが「スマートFIRE」というブランドコピーとして言語化されました。
スマートFIREという旗が、どんな原体験から生まれたかの経緯を、もう一段深く開きます。

3-3. 私の旗が「スマートFIRE」になった理由
VMVの奥に、パーパスがある
3-2でVMVを掘る方法を渡しました。
VMVは「目に見える旗」です。
ただ、その奥に、もう1つ深い層があります。
それが「パーパス」です。
パーパスとは、自分の存在意義、何のために動いているか、という根っこの部分。
ビジネスの世界では「パーパス経営」という言葉で広がっている考え方ですが、本を書く一人の作家にも、当てはめて考えることができると、私は思っています。
VMVがなかなか書けない時、それはパーパスがまだ言語化されていない可能性があります。
ただ、パーパスを先に作ろうとしなくて大丈夫です。
VMVを書き出すプロセスの中で、自然にパーパスが浮かび上がってくることが多いと、私は感じています。
既存概念を、自分の体験で再定義する
パーパスを言語化する1つの方法が、これです。
ゼロから新しい言葉を作るのは、難しい。
でも、既にある言葉を、自分の体験で塗り直すことならできます。
たとえば、FIREという既存の概念。
これに自分の体験を重ねて、「スマートFIRE」という独自の旗にしたのが、私の場合です。
なぜ私の旗が「スマートFIRE」になったか
FIRE(Financial Independence, Retire Early)という言葉があります。
直訳すると「経済的自立と早期退職」。
経済的自立を達成したら、早く会社を辞めて自由になる、という考え方です。
ただ、私が原体験で感じたのは、Retire Earlyではなかったんです。
言うなれば、Retire Anytime。
「いつでも辞められる」状態のほうでした。
早く辞めることそのものではなく、辞めるオプションを持っていることが、自分にとっての豊かさだった。
会社にいてもいい、辞めてもいい、その選択肢が自分の側にある。
この感覚が、私のパーパスの核になっていきました。
だから、FIREの定義を、自分の体験で塗り直しました。
「経済的自立を達成しているけれど、敢えて辞めない。
辞めるオプションを持っていることで、毎日の幸福度が上がる」状態。
これを「スマートFIRE」と名付けました。
スマートFIREという概念の中身、なぜそれが最適解なのか、心理学や行動経済学から見た裏付けは、前作のBrain『25万円の印税が毎月口座に振り込まれる方法を全部書きました』の第1章で詳しく開いています。
本Brainでは、スマートFIREを『会社を辞めること』ではなく、『いつでも辞められる選択肢を持ったまま、自分の意思で働き方を選べる状態』として扱います。
本節では、概念の中身そのものは繰り返しません。
ここで開きたいのは、「既存概念を、自分の体験で再定義した」というプロセスそのものです。

ブランドコピーは、ある日いきなり出てこない
スマートFIREという旗が一日で生まれたかというと、そうではありません。
VMVを書いて、原体験を掘って、何度も「自分は何を信じているのか」を言語化し直して、ある時ふと「これが自分の旗だ」と思える言葉が出てきた、という感覚に近いです。
ブランドコピーは、現在地のメモを何度も書き直す中で、ある日結晶化する。
だから、今すぐ完璧な旗が出てこなくても、焦らなくて大丈夫だと私は感じています。
大事なのは、書き出す習慣を持つこと。
自分の旗が言語化される日は、書き続けている中で、ふと訪れる、というのが私の感覚です。
もしあなたにも、『あの時の自分を救う本がほしかった』と思う場面があるなら、そこに旗の種があります。
旗は、自己紹介ではなく、ターゲットの境界線でもある
スマートFIREという旗を立ててみて、もう1つ気づいたことがあります。
旗は、誰に届けたいかを決めるだけのものではない、ということです。
「誰に届けなくていいか」も、同時に見えてくる。
私の場合、スマートFIREという旗を立てたことで、「とにかく最短で会社を辞めたい人」だけを見ているわけではないと分かりました。
逆に、「会社員を続けながら、自分の側の選択肢を増やしたい人」に届けたいのだと、自分のなかでも整理がついたんですよね。
旗は、自己紹介だけではありません。
ターゲットの境界線でもあります。
3-1から3-3までで、第3章の前半が終わりました。
ここまでで「私は何を信じていて、誰に、どんな変化を届けたいのか」を、自分の言葉で書き出す土台が整いました。
完璧でなくていい、現在地のメモとして書く。
次の節(3-4)から、後半の本論「面・軸・マス」に入ります。
この旗を起点に、誰に届け、誰には届けないのかを整理していきます。
本編独自の3段階フレームで、本棚全体の読者マップを描く作業です。
ここからが、この章で一番大切なパートになってきます。

3-4. 「面」を決める:誰に届けないかを決める
ここから、第3章の後半に入ります。
3-1から3-3までで、自分の旗を立てる作業をやってきました。
VMVを書き出して、原体験を掘って、ブランドコピーになる言葉を探す。
ここまでが、本棚の中心に立てる旗の話。
ここからは、その旗から「誰に届けるか」を本ごとに設計する作業に入ります。
本編独自の3段階フレーム、「面」「軸」「マス」を順に使っていきます。
本節では、その最初の段階「面」を扱います。
その後「ブリーフ」を作成します。
先に整理すると、こうです。
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旗:自分が何者として、誰にどんな変化を届けるか
面:本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭
軸:面の中の読者を切り分ける2本の補助線
マス:その軸の交点にある、具体的な読者群
ブリーフ:上記を1枚にまとめた本棚運営の北極星
----
「面」とは、本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭
言い換えると、自分のブランドが届くべき領域を、本棚全体に対して明示することです。
ここで大事なのは、「本ごとの読者」ではなく、「本棚全体で取りに行く読者層」を指している、という点です。
本ごとの読者を細かく設計するのは、3-6で扱う「マス」の話。
3-4で扱う「面」は、もう一段上のレイヤー、本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭の話になります。
たとえば書店に並んでいる本棚を、一歩引いて眺めてみてください。
ビジネス書ばかり並んでいる棚もあれば、絵本ばかり並んでいる棚もある。
同じビジネス書でも、起業家向けの棚と、新卒向けの棚では、雰囲気がまったく違います。
ここで言う「面」は、その本棚を一歩引いて眺めたときに見える、輪郭のことです。
「面」が定まっていない本棚は、本ごとに読者が違うので、リピートが育ちにくい。
1冊読んでくれた人が、2冊目を手に取ろうとしたときに「あれ、この作家、なんか思ってたのと違うな」と離れていきます。
逆に、「面」が定まっている本棚は、1冊読んだ人が2冊目、3冊目と自然に手に取ってくれる。
これが、長く読まれ続ける作家の本棚に共通する構造だと、私は感じています。

面は、届けない人を決めるとくっきりする
「面」を決めるとき、もっとも効くやり方は、「届けない人」を先に決めることです。
「誰に届けたいか」を決めようとすると、つい広くなります。
本を書く以上、できるだけ多くの人に読んでほしいですから。
でも、「できるだけ多くの人に読んでほしい」という気持ちで本棚を設計すると、結果として誰にも刺さらない本棚になります。
ここで、マーケティングの考え方が一つ役に立ちます。
前作のBrainの第2章でも触れた、ロジャースが1962年に提唱した「イノベーター理論」という考え方です。
人が新しいものを受け入れる態度には、大きく分けて5つの層があるという話。
「最先端の新しいもの好き」から「最後まで動かない人」まで、5段階のグラデーションがあります。
前作のBrainでは、これを「マーケットサイズを読むときの物差し」として開きました。
本節では、これを別の角度で使います。
「自分の本棚は、その5層のうちどこを取りに行くのか/どこは敢えて取りに行かないのか」という物差しとして使うのです。
詳しい説明は前作のBrainに譲りますが、ここで言いたいのはシンプルで、本棚の面を決めるときに、この5層のどこを取りに行くかを意識すると、判断がブレなくなる、ということです。
そして、判断をブレなくする最短の道が、「届けない層」を決めることなんですよね。
(マーケ理論をこう書いてしまうと小難しく聞こえるかもしれませんが、要は「全方位に手を広げず、敢えて捨てる層を決める」だけの話です)

私の本棚の中心にいる読者像
ここから、私自身の本棚の話に入っていきます。
私の本棚の面の中心は、「AIとストック型副業を使って、会社依存を下げたい、現実的な大人」。
これが、面の中心に置いている読者像です。
「AI」と「ストック型副業」と「会社依存を下げたい」と「現実的な大人」。
この4つが揃った人が、私の本棚の面の中心に立っています。
ここに、3-3で立てた「スマートFIRE」という旗が、ぴたっと重なります。
スマートFIREは、会社員を続けながら、自分の側に選択肢を増やす生き方の話。
だから私の本棚の面の中心も、会社員を辞めることがゴールの人ではなく、「会社員を続けながらでも、自分の側を強くしたい」と思っている人になっている。
旗と面が、ねじれずに重なっている。
これが、本棚全体の輪郭がくっきりする条件だと、私は感じています。

「いちばんやさしい」と書いていても、全員には向けていない
実例を一つ書きます。
私が書いている「いちばんやさしいAIシリーズ」というKindleシリーズがあります。
タイトルに「いちばんやさしい」と入っているので、一見すると、全員対象に見えるシリーズです。
でも、本当に全員に向けているわけではありません。
このタイトルが指す「いちばんやさしい」は、「全員にとってのいちばんやさしい」ではなく、「ある層にとってのいちばんやさしい」を意味しています。
その層は、「AIを少し触る意欲があり、できれば最安プランや無料範囲で、仕事や副業に使える形まで落とし込みたい人」。
ここが、シリーズの面の中心です。
ここを外れる層は、「いちばんやさしい」と書いてあっても、ど真ん中ではないんですよね。
具体的にどんな層を外しているかは、このあと4つに整理します。
タイトルだけで全員対象に見えても、実は面はちゃんと絞られている。
これは、自分の本のタイトルを設計するときにも、他の作家さんの本を分析するときにも、役に立つ視点だと私は感じています。
私が外している、4つの面
ここから、私が本棚から外している面を4つ整理していきます。
1つ目は、AIガチ勢の皆さんです。
専門家、開発者、APIやMCPを深く触る層の方々は、私の本棚のど真ん中の方々ではありません。
理由はシンプルで、私自身がその層のど真ん中にいないからです。
正直、その層の方々に勝てる本を、私が書ける気が全くしません。
書けるフリをしても、すぐ見破られます。
2つ目は、AIを一度も触ったことがなく、PC操作にも強い苦手意識がある層の方々です。
ここは「いちばんやさしい」というタイトルの本でも、対象外にしています。
私の本は、ブラウザを開いて文字を入力するくらいの操作には慣れている方を前提に書いているので、その手前のリテラシーから書き起こすのは、別の作家さんの領域だと考えています。
3つ目は、高額なツールや外注を前提にして、最短で大きく稼ぎたい層です。
私の本は、できるだけ無料、または最安プランで再現できることを大事にしているので、お金持ち向けの最短攻略本ではありません。
私が届けたいのは、すでに大きな資本を持っている人ではなく、限られた時間とお金の中で、現実的に選択肢を増やしたい人だからです。
4つ目は、短期で楽して大きく稼ぎたい層です。
これは、私の本棚全体で、もっともはっきり外している面かもしれません。
「3ヶ月で月100万円」「コピペするだけで稼げる」みたいな効果を期待されると、互いに不幸になります。
(もちろん、誰だって楽に大きく稼げるなら嬉しいと思います。ただ、少なくとも私が届けたいのは、そこではありません。)
私の本は、AIを使ってKindle出版という地味な作業を、地味に続けて、地味に積み上げていく話です。
半年や一年というスパンで、夜の家事を済ませたあとに、少しだけでも時間を捻出してKindle出版の原稿に向かうような、そういう方に向けた、地味な努力の積み上げ。
短期攻略本を探している方は、私の本棚に来ても満足してもらえないと思っています。
この4つを外して初めて、私の本棚の面は、くっきりと浮かび上がります。

シリーズごとに、面の解釈は少し変わる
ここまでは本棚全体の面の話でしたが、ここから少しだけレイヤーを下げて、「シリーズごとの面」の話に入ります。
整理しておくと、本棚全体には、中心になる大きな面があります。
そのうえで、シリーズごとに、その面の中のどこを厚く意識するかが少しずつ変わります。
つまり、シリーズごとに面がバラバラに増えるわけではありません。
中心面は1つ。
シリーズごとに、その中心面の中で濃淡が変わる、というイメージです。
「いちばんやさしいAIシリーズ」は、新しい手法に少し興味を持ち始めた、AIアーリーアダプターからアーリーマジョリティの境目あたりを取りに行っています。
「最先端の人」ではなく、「少し興味は出てきたけど、まだ自分にできるかわからない」くらいの方が中心です。
念のため添えておくと、ここで言うアーリーマジョリティやレイトマジョリティは、優劣の話ではありません。
新しいものを、どのタイミングで生活や仕事に取り入れるかの違いです。
早い遅いの順番は、人の価値とは何の関係もありません。
一方、「ChatGPT×note」のような本は、もう少し広い層に届きます。
私の体感では、アーリーマジョリティからレイトマジョリティまで、けっこう広く届いている印象です。
「ChatGPT×note」が出版から長く読まれ続けているのも、この広い層に届く設計だったからだろう、と推察しています。
あの本は、AIに最先端で触れている方よりも、「もう少し落ち着いた地点で、現実的にAIを使い始めた方」に向けて書きました。
だから、出版直後だけでなく、後からAIに触り始めた方にも届く本になった、というのが私の解釈です。
そして、いま読んでいただいているこのBrainは、また少し違う面を取りに行っているとも言えます。
このBrainを購入いただいた方々は、Kindleの読者層よりも、新しい手法をお金を払って取りに来る方であると想定します。
だからこのBrainでは、Kindle本では書ききれない、もう少し前のめりな話まで踏み込んでいます。
媒体が違えば、面の取り方も変わる。
同じ作家の同じ思想でも、Kindleで扱う面と、Brainで扱う面は、少しずらして設計していい、ということです。
(こんなふうに媒体ごとに頭の中で面を組み替えるのは、慣れるまでけっこう頭を使う作業ですが、自分の本棚全体の輪郭を作るうえでは、避けて通れない作業だと感じています。)
読者より半歩先の編集長でいたい
ここまで、本棚の面の話をしてきました。
最後に、本節を貫く一本のメッセージを置きます。
私が、本棚の面を決めるときにずっと大事にしているのは、「読者より半歩先の編集長でいたい」という感覚です。
最先端のイノベーターまで踏み込むと、私の読者の皆さんがついてこられないと思っています。
(というか、非エンジニアの私がそこまでいけない、というのが正直なところ)
けれど、読者とまったく同じ地点に立っていると、先に案内ができません。
だから、半歩先。
ちょっとだけ先に行って、ちょっとだけ先のものを試して、そこで学んだことを、できるだけ平らな言葉に翻訳して、本棚に並べる。
これが、私が自分に課している編集長としての義務です。
AI本でも、Kindle本でも、スマートFIREの話でも、貫いている線は同じ。
届かない遠さでもなく、追いついている近さでもなく、ちょうど半歩先。
この距離感が、私の本棚の輪郭を作っているのだと、私は感じています。
「面」の話は以上です。
次の節(3-5)から、この「面」をさらに切っていきます。
「軸」を引く話に入っていきましょう。

3-5. 「軸」を引く:棚の段ごとに、読者層を線引きする
3-4で、本棚全体の輪郭(面)を決めました。
ここから、その面の中に「軸」を引いていきます。
ただ、本節に入る前に、1つ前置きをさせてください。
「軸」とは、面の中に引く2本の補助線
本編では、これまでに「軸」という言葉を、複数の意味で使ってきました。
1つは、本編全体を貫く5つの判断軸、MTIVS。
もう1つは、3-3で扱った「ブランドコピー=旗」。
これも「ブランド軸」と呼べる種類のものです。
ここから3-5で使う「軸」は、これらとは別の意味で使います。
第3章の「面・軸・マス」というフレームの中だけで使う、別の意味の「軸」だと、頭の中で切り替えてください。
少しややこしいので、ここで意味を切り分けておきます。
ここから使う『軸』は、MTIVSの判断軸やブランド軸とは別物です。
第3章では、面の中に引く2本の補助線を『軸』と呼びます。
つまり、読者を整理するための座標線です。
横軸は、読者の現在地。
縦軸は、読者が欲しい変化。
この2本でできた交点を、次の節では『マス』と呼びます。
「面は、本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭です。」
「軸は、その面を切り分ける補助線です。」
「マスは、その補助線でできた具体的な読者群です。」
「面」→「軸」→「マス」と、解像度がだんだん上がっていくイメージです。
軸は、棚の段ごとに引き直す
軸は、本棚全体に1セットだけ作って終わるものではありません。
本棚の中には、いくつかの「棚の段」があります。
私の本棚で言えば、Kindle出版で稼ぐシリーズと、AI活用シリーズ、という2つの大きな棚の段があります。
棚の段が変われば、そこに引く軸の中身も変わります。
Kindle出版で稼ぐシリーズの読者の現在地と、AI活用シリーズの読者の現在地は、別のものさしで見ないと、しっくり来ない。
つまり、軸は万能の1枚マップではない、ということです。
「これ1枚で全部整理できる」というフレームを期待されていたら、ごめんなさい。
私の本棚も、1枚のマップにはまとまっていません。
棚の段ごとに、軸を引き直しています。
ただ、これは弱点ではなくて、むしろ実務的な強みだと私は感じています。
本棚に複数のジャンルを抱えている方ほど、「軸を引き直す」という発想で、自分の本棚を整理しやすくなります。
軸の型は「現在地」×「欲しい変化」
軸の中身は棚の段ごとに変わるとしても、軸の「型」は共通です。
私が使っている軸の型は、シンプルにこの2本です。
横軸:読者の現在地
縦軸:読者が欲しい変化
「現在地」は、そのテーマについて、いま読者がどこにいるか。
「欲しい変化」は、その読者が、何を得たいか。
この2本だけです。
年齢、性別、職業、年収のような個人属性は、私はあまり使いません。
属性で切ると、結局あまり刺さらない本棚になりがちです。
同じ年齢・同じ性別の方でも、現在地と欲しい変化は人それぞれ。
逆に、年齢や性別が違っても、現在地と欲しい変化が同じなら、同じ本を必要としていることがあります。
「状態」と「変化」で切る。
これが、私が大事にしている軸の型です。
(マーケティングの教科書だと、ペルソナを年齢・性別・年収まで細かく書きなさい、という説明をよく見かけます。
私はそこまで属性に寄せていません。
30代後半の女性会社員、と想像しても、その人がいまどこにいるか、何を変えたいかが分からなければ、本は書けないと考えているからです。)

Kindle出版で稼ぐシリーズの軸
ここから、私が具体的にどう軸を引いているかを開きます。
まず、私の本棚で「Kindle出版で稼ぐシリーズ」という棚の段に引いている軸です。
横軸(Kindle出版の現在地):
・これから1冊目を出したい
・1冊出したが、次に何を書くかで止まっている
・複数冊を出し、本棚として運営し始めている
縦軸(欲しい変化):
・AIで執筆を効率化したい
・副業収入をもっと増やしたい
・会社依存を下げてスマートFIREに近づきたい
この3×3で、9つのマスができます。
このマップを描くと、自分の本棚のどの本が、どのマスを取りに行っているかが、一気にクリアになります。
たとえば、「これから1冊目を出したい」×「AIで執筆を効率化したい」のマスを取る本は、AIを使ったKindle出版の入門書になります。
「1冊出したが次に何を書くかで止まっている」×「副業収入をもっと増やしたい」のマスを取る本は、2冊目以降のテーマ選びや、シリーズの広げ方の話になります。
「複数冊を出し、本棚として運営し始めている」×「会社依存を下げてスマートFIREに近づきたい」のマスなら、本棚運営や月単位のポートフォリオ管理に踏み込む話。
同じ作家の同じテーマでも、本ごとに取りに行くマスがズレています。
だから、1冊読んでくれた方が、次の本を選ぶときに「次はこのマスの本を読みたい」と自然に手が伸びる。
逆に、同じマスの本ばかりを続けて出していると、1冊読んでくれた方に「また同じ話かも」と思われやすくなります。
軸を引いて、本ごとにマスをずらす。
これが、本棚の中で「軸」を使う運用の仕組みです。

AI活用シリーズでは、別の軸になる
ここで、もう1つの棚の段「AI活用シリーズ」について軽く触れます。
AI活用シリーズの読者は、Kindle出版で稼ぐシリーズの読者とは違う現在地にいて、違う変化を求めています。
なので、AI活用シリーズに引いている軸は、まったく別物です。
横軸は「AI活用の現在地」、縦軸は「AIで何を変えたいか」になります。
具体的な3要素まで開くと話が長くなるので、ここでは「型は同じ、中身は別物」とだけ書いておきます。
大事なのは、棚の段が変わったときに、軸を流用しないで引き直すこと。
私の場合、Kindle出版で稼ぐシリーズの軸を、そのままAI活用シリーズに持ち込んだら、たぶんどこかでぼやけます。
逆も同じ。
棚の段が違うと、横軸の言葉も、縦軸の刻みも、変わってきます。
棚の段ごとに、軸を引き直す。
これを面倒くさがらないことが、本棚全体の解像度を保つコツだと、私は感じています。

軸を増やしすぎず、棚の段ごとに2本で切る
軸の話をしていると、「軸を増やせば増やすほど、ターゲットが正確になる気がする」と思えてきます。
でも、これは罠なんですよね。
ただ、各軸の刻みを増やしすぎると、マスの数が一気に増えます。
3×3なら9マスですが、4×4なら16マス、5×5なら25マス。
マスが増えれば増えるほど、「次にどのマスを取りに行くか」の判断は遅くなります。
そして、マスが細かくなるほど、1つのマスに入る読者の数も減ります。
25マスの中の1つを取りに行く本を書いても、そこに入っている読者はわずかしかいない、ということも起こります。
軸の役割は、読者を細かく分類することではありません。
本ごとの企画判断に使える粒度まで切ること。
それで十分です。
これだけで、本ごとの企画判断にはかなり使えます。
棚の段ごとに、基本は「現在地」と「欲しい変化」の2本で切る。
これが私のやり方です。
(と言いつつ、私も最初は軸がぐちゃぐちゃでした。この概念で整理する発想に至ったのはかなり後期だったなと、振り返ってみて思います。)

次は、この軸でできた「マス」を選ぶ
軸を引いただけでは、本は書けません。
9マスのうち、いま自分はどのマスに本を出しに行くのか。
これを決めるのが、次の節(3-6)で扱う「マス」の話です。
軸が決まれば、マスは見えます。
マスが決まれば、本のテーマ・タイトル・冒頭まで、ぐっと具体化していけます。
次の節では、このマスの選び方に入っていきましょう。
3-6. 「マス」を選ぶ:この本は、誰のどんな変化に刺すのか
3-5で、軸の引き方を整理しました。
本節では、その軸の中から「いま自分が書こうとしている本は、どのマスを取りに行くのか」を決める作業に入ります。
ただ、本節は「9マスから1つを選ぶ作業」を解説する節ではありません。
本節の役割は、ここまでの章全体を、1冊の企画にまで落とすことです。
ここまでのフロー:市場→旗→面→軸→マス
第2章から第3章にかけて、私たちはいくつかの判断を積み上げてきました。
第2章では、市場を見ました。
マーケ部のデジタル社員と一緒に、いま動いているテーマ候補を議論して、波に乗る本/長く読まれる本/ブランドを作る本のどれに乗せるかを見極める。
これが、テーマの入り口です。
3-2〜3-3では、原体験からVMVとパーパスを掘り出し、自分の旗を立てました。
自分は何者か、どんな変化を読者に届けたいかを、自分の言葉で書き出す。
3-4では、面を決めました。
本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭を引いて、届けない層を決める。
3-5では、軸を引きました。
面の中を、現在地と欲しい変化の2本で切り分けて、本ごとの企画判断に使える粒度まで落とす。
そして3-6で、いよいよ「マス」を選びます。

マスは、自己表現で選ばない
1つ大事なことをお伝えします。
マスは、自己表現で選ぶものではありません。
「自分はこのマスの本を書きたい」という気持ちだけでマスを決めてしまうと、そこに読者がいなかった場合、本は読まれません。
マーケティングは、起こしたい変化を、届く場所(読者)に、届ける仕事です。
自分の旗だけで突き進むと、市場に存在しない読者に向けて本を書いてしまうことがあります。
せっかく綺麗にセグメントできたのに、そこに読者がいなかったら悲しいですよね。

マスを選ぶ4つの問い
ここから具体的に、マスを選ぶときの判断の流れを開きます。
私は、次の4つを順に確認しています。
1つ目は、面の中に収まっているか。
そのテーマは、自分の本棚の面(3-4で決めた輪郭)の中に入っていますか。
届けない層に向けた本になっていませんか。
ここで面の外に出ているなら、少なくともこの名義・この棚では書かない、というのが私の判断です。
別の棚として立てるのか、いったん保留にするのかを、もう一段考えます。
旗との整合も、ここで一緒に見ます。
2つ目は、軸の交点として、どのマスに入るか。
3-5で引いた軸(横軸:現在地/縦軸:欲しい変化)の上で、いまから書く本は、どのマスに該当しますか。
これは、本の中心に据える読者像を決める作業です。
3つ目は、そのマスに市場性があるか。
そのマスにいる読者は、Kindleで本を探しますか?
検索される悩みがそのマスには存在しますか?
マーケ部での議論結果に立ち戻って、確認します。
マスがきれいに描けていても、そこに読者がいなければ本は読まれません。
4つ目は、そのマスに、自分が約束できる価値があるか。
そのマスの読者に「この本を読めば、こう変わります」と約束できる価値が、自分の中にありますか。
体験、知識、視点、なんでもいいです。
ただ、自分が本当に手渡せるものでなければ、書いても薄い本になります。
ここは第5章「Value Proposition」で深く扱いますが、マス選びの段階でも、意識しておくと良いです。
この4つが揃ったとき、私はその本を書く判断をしています。
1つでも揃っていなければ、もう一段戻って、テーマや軸を見直します。

マスが変われば、シグナルも変わる
マスが決まったら、最後に、そのマスの読者に「これはあなたのための本ですよ」と伝える作業に入ります。
タイトル。
表紙。
冒頭の数行。
このすべてが、マスへのシグナルになります。
具体的な作り方は、前作のBrainの第5章(読者離脱を防ぐ3つのテクニック、RHV)と第6章(KDPの申請はシンプルに誠実に!)で詳しく扱いました。
タイトルの言葉選び、表紙の0.2秒で止まる視覚設計、冒頭のリズムとフック。
本編では、ここを繰り返しません。
本編で押さえてほしいのは、作り方そのものではなく、「マスが変われば、シグナルも変わる」という一点だけです。
表紙の温度感も、冒頭のリズムも、変わります。
同じ作家でも、マスごとに、シグナルの設計をやり直す。
これが、本棚運営という発想です。
「この商品は、あなたの今のマスのために作られています」と伝えること。
これに尽きます。
そして、ここまで作ってきた旗・面・軸・マスを、次の節では1枚の「商品企画ブリーフ」にまとめます。
毎回ゼロから議論し直さなくていいように、AIに渡せる形で持ち運べる状態にしておく。
これが、第3章の締めくくりです。

3-7. 商品企画ブリーフを作る:旗・面・軸から、マスを議論できる状態にする
ここまで、3-3で旗を立て、3-4で面を決め、3-5で軸を引き、3-6でマスを選びました。
第3章の締めくくりとして、ここで作ってきた4つの判断材料を、1枚の「商品企画ブリーフ」にまとめます。
毎回ゼロから議論し直さなくていいように、いつでも見える場所に置いておく「北極星」を作る作業です。
ちなみに、商品企画部は第1章1-2で紹介した5部署の1つ。
ここで作るブリーフは、その商品企画部が抱える1枚資料、というイメージです。
商品企画ブリーフは、本棚の軸がブレないための「北極星」
商品企画ブリーフは、毎回AIに渡して議論するため“だけ”の道具ではありません。
まずは自分がいつでも見返せる、本棚運営の指針です。
PPTのペライチでも、Notionの1ページでも、Googleドキュメントでも、テキストファイルでも、なんでもいいので、自分がいつでも見られる場所に置いておく「指針」。
これがブリーフの正体です。
新しい本のテーマを考えるとき、まずブリーフを開いて、さっと眺める。
「このテーマは、ちゃんと自分の面に収まっているな」「この棚の段に置けばいいな」「マスはここだな」と確認する。
それだけで済む日が、たぶん大半になります。
逆に、毎回ブリーフを使ってAIと議論しないと判断できない状態だと、本棚の軸が安定していない、ということでもあります。
ブリーフが頭の中にも染み込んでいけば、確認に使う時間は、どんどん短くなっていきます。
北極星のように、自分の本棚運営の方向を決める1枚。
ここまで第3章で作ってきた旗・面・軸・マスを、頭の中だけに置いておくと、すぐに曖昧になる。
だから1枚の資料にして、いつでも見える場所に置いておく。
これが、商品企画ブリーフの役割です。

ブリーフでやるのはT(Targeting)、市場性とV(Value Proposition)は別部署
商品企画ブリーフでやるのは、第3章で扱ってきたTargetingの議論だけです。
「このテーマは、うちの本棚のどの読者マスに置く話なのか」。
ここに集中します。
市場性そのものは、ブリーフで新しく調べたりはしません。
市場性はマーケ部の領域です。
マーケ部で議論した結果を踏まえたうえで、それが自分の旗・面・軸・マスと矛盾していないかを見るのが、ブリーフの仕事です。
「自分が約束できる価値」も、ここでは詰めません。
価値の最終判断は、第5章「Value Proposition」の価値設計部で扱います。
ブリーフの役割は、その手前のT(Targeting)のレイヤー。
「このテーマは、うちの本棚のどの読者マスに置く話なのか」を、いつでも自分が確認できる状態にしておくこと。
ここまでです。
部署の責任範囲を分けておくと、本棚運営がスムーズになります。
ブリーフに入れる5つの項目
商品企画ブリーフに入れる項目は、5つで十分です。
1つ目は、私の旗。
3-3で立てた、自分のブランドコピー。
2つ目は、私の面。
3-4で決めた、本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭と、届けない層。
3つ目は、棚の段。
Kindle出版で稼ぐシリーズなのか、AI活用シリーズなのか、別の棚なのか。
4つ目は、軸。
3-5で引いた、棚の段ごとの軸。
横軸=読者の現在地、縦軸=読者が欲しい変化。
5つ目は、いま狙っているマスと、過去に取ってきたマスの記録。
本棚の中で、自分がどのマスに集中しているかを一覧できるように。
この5項目を1枚にまとめれば、商品企画ブリーフは完成です。

ブリーフを「Claudeと議論しながら」作るためのプロンプト
ブリーフを作るときは、Claudeのプロジェクト機能を使うのが、私の体感ではいちばん楽です。
具体的には、Claudeでプロジェクトを新規作成し(プロジェクト名は「商品企画ブリーフ作成」など)、最初のチャットに以下の作成プロンプトを貼り付けて、議論を始めます。
Claudeが質問しながら、ブリーフの中身を一緒に言語化していってくれます。
完成したブリーフは、別途PPT、Notion、Googleドキュメント、テキストファイルなど、自分が見やすい形に書き写して、いつでも開ける場所に保管してください。
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【商品企画ブリーフ 作成プロンプト】
あなたには、私の「商品企画ブリーフ」を一緒に作る、作成パートナーとして関わってほしいです。
商品企画ブリーフとは、Kindle作家としての私の本棚運営の方針を1枚にまとめた、北極星のような資料です。
新しい本のテーマが上がってきたとき、これを見ながら「このテーマは、ちゃんと自分の本棚の中に収まるか」を確認するために使います。
これから、私と一緒に、次の5項目を順番に言語化していってください。
1項目ずつ、私に質問しながら進めてください。
私の答えが曖昧なときは、深掘りしてください。
答えがブレているときは、ブレている箇所を率直に指摘してください。
────
1. 私の旗(ブランドコピー)
私は何者として、誰に、どんな変化を届けるのか。
1〜2行のブランドコピーに圧縮するのが目的です。
2. 私の面(本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭)
本棚全体の中心にいる読者像はどんな人か。
逆に、届けない人(外している面)はどんな層か。
3. 棚の段(シリーズ単位の括り)
本棚の中に、いくつかの棚の段がある場合、それぞれを書き出します。
(例:Kindle出版で稼ぐシリーズ、AI活用シリーズ、など)
4. 軸(棚の段ごとに引く)
棚の段ごとに、2本の軸を引きます。
横軸:読者の現在地(3段階くらい)
縦軸:読者が欲しい変化(3段階くらい)
5. いま狙っているマスと、過去に取ってきたマス
棚の段ごとに、いま自分が中心に取りに行っているマスはどこか。
過去に出した本は、どのマスに置いてきたか。
本棚全体のマスの分布を、簡単に俯瞰できる形で記録します。
────
すべての項目が言語化できたら、最後に、ここまでの中身を1枚のブリーフ形式にまとめて出力してください。
なお、市場性そのものを判定したり、私の本ごとの価値提案を最終決定したりは、しないでください。
市場性はマーケ部、価値はValue Propositionの議論で別途扱います。
あなたの役割は、私の本棚運営の北極星となる1枚を、私と一緒に言語化することです。
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このプロンプトを貼り付けて議論を始めれば、1〜2時間で、自分のブリーフが完成すると思います。
私の場合、最初に作ったときは、旗の言語化に結構時間がかかりました。
完成したブリーフは、いつでも見られる場所に置いてください。
新しい本のテーマが上がってきたら、まずブリーフを開く。
それだけで、本棚の軸はブレにくくなります。
「あおいの場合」のブリーフを、参考までに置いておきます
「商品企画ブリーフって、結局どんな粒度のものなの?」というイメージを掴んでいただくために、私が実際に持っている商品企画ブリーフを、テキスト版で先に置いておきます。
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【商品企画ブリーフ:あおいの場合】
■ 1. 私の旗
AIとストック型副業を使って、会社依存を下げたい現実的な大人に、現実的な選択肢を届ける。
■ 2. 私の面
会社に依存することへの不安を減らしたい、現実的なストック型副業に踏み出したい大人。
届けない人(外している面):
・AIガチ勢(専門家/開発者/API・MCPを深く触る層)
・AIを一度も触ったことがなく、PC操作にも強い苦手意識がある層
・高額なツールや外注を前提にして、最短で大きく稼ぎたい層
・短期で楽して大きく稼ぎたい層
■ 3. 棚の段
・Kindle出版で稼ぐシリーズ
・AI活用シリーズ
・撤退したAI占いシリーズ(第7章で扱う失敗の棚)
■ 4. 軸(棚の段ごと)
棚の段:Kindle出版で稼ぐシリーズ
横軸(Kindle出版の現在地):これから1冊目を出したい/1冊出したが次に何を書くかで止まっている/複数冊を出し本棚として運営し始めている
縦軸(欲しい変化):AIで執筆を効率化したい/副業収入をもっと増やしたい/会社依存を下げてスマートFIREに近づきたい
棚の段:AI活用シリーズ
横軸(AI活用の現在地):これからAIを触り始めたい/少し触り始めた/仕事で日常的に使い始めている
縦軸(欲しい変化):作業を楽にしたい/副業に使いたい/生き方の選択肢を増やしたい
■ 5. いま狙っている主マスと、過去に取ってきたマス
【Kindle出版で稼ぐシリーズ】
過去:「これから1冊目を出したい」×「副業収入をもっと増やしたい」のマスを中心に取ってきた。
いま狙っている主マス:「1冊出したが次に何を書くかで止まっている/複数冊を出し本棚として運営し始めている」×「副業収入をもっと増やしたい〜会社依存を下げてスマートFIREに近づきたい」のマス。
【AI活用シリーズ】
これまでに取ってきた主マスは、「少し触り始めた」×「作業を楽にしたい〜副業に使いたい」のあたり。
「いちばんやさしいAIシリーズ」がこの中心。
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これがテキスト版です。
私の場合は、これをテキストでペライチにもしていて、いつでもパッと開ける場所に置いています。
せっかくなので、イメージ図を置いておきますね。
雰囲気を掴んでいただければと思います。

ブリーフは、半年から年に1回、見直す
ブリーフは、一度作ったら終わり、ではありません。
旗・面・軸は、数ヶ月から年に1回くらいの頻度で、見直す価値があります。
本棚を伸ばしていくうちに、見えてくる景色が変わる。
最初に立てた旗が、半年後には少し違って見えることもある。
そのときは、また同じ作成プロンプトをClaudeに貼り付けて、ブリーフを更新します。
前回のブリーフを一緒に貼って、「ここを更新したい」と伝えるだけで、Claudeは前提を引き継いだまま、議論を再開してくれます。
北極星は、毎日見上げるものではありません。
迷ったとき、ブレを感じたとき、新しい本を出す前に、ふと見上げる。
そのときに、いつもの場所で光っていてくれる。
それがブリーフです。

第3章のまとめ、そして第4章へ
第3章で扱ってきたことを、ここで振り返ります。
3-1で、Targetingは「読者を絞る作業」ではなく「自分の旗から始まる」という発想を置きました。
3-2と3-3で、原体験からビジョン・ミッション・バリュー(VMV)とパーパスを掘り出し、自分の旗を立てる作業を開きました。
3-4で、面を決めました。
本棚全体で取りに行く読者市場の輪郭を引いて、届けない層を決める。
3-5で、軸を引きました。
面の中を、棚の段ごとに、現在地と欲しい変化の2本で切り分ける。
3-6で、マスを選びました。
ここまでの判断を、1冊の企画に落とし込む最終ステップです。
3-7で、ここまでの判断材料を1枚の商品企画ブリーフにまとめて、本棚運営の北極星として置きました。
第3章で目指したのは、Targetingという作業を、感覚や直感ではなく、毎回再現できる判断プロセスに落とすことでした。
旗・面・軸・マスという4つを1枚のブリーフに収めておけば、新しい本のテーマが上がってきたときに、迷う時間がぐっと減ります。
次の第4章では、Inputに入ります。
マスが決まれば、書く前にそのマスの読者・市場・競合を、徹底的に読み込む作業が始まります。
Inputは、執筆の精度を決める土台です。
それでは、次章でお会いしましょう。
